| メダカ調査参加者のみなさん 大森池のメダカ(小見寺公一) 放流について考えてみましょう(事務局) メダカのガイドマップ完成(指扇分校) |
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1999.12.15発行(通算3号) 小学校高学年以上 |
九九年のメダカ調査も盛況のうちに終了しました。
たくさんのみなさんのご参加ありがとうございました。
メダカのいる水辺を守るために、各地でさまざまな活動が動き始めています。今回は各地のメダカ状況に加え、そんな活動のごくごく一部をお伝えします。
六月八日付朝日新聞朝刊・家庭欄に、調査が紹介され、今年もたくさんの方から調査報告をいただきました。今年は小学校の先生からのお問い合せが多かったのが印象的です。昨年に引き続き調査してくださった方もありました。情報をくださったみなさん、ほんとうにありがとうございました。今年の調査も別に、マップにまとめます。
メダカが今年二月の環境庁発表のレッドデータブックに、「絶滅のおそれが増大している種」として、のってしまったのは、残念なことです。しかしそれを悲しむのではなく、ここから新たに出発したいと、思います。
全国のメダカの状況と、その保全のために努力されているみなさんの活動を、ネットワークし、共有するために、今後めだかネット事務局もがんばっていきたいと思っています。今回の通信は、この一年間、事務局に入ってきたさまざまな情報と、訪れた現地で得られた情報を中心にお伝えします
■京都府丹後半島:久美浜町
四月末に所用で宮津市に出かけたおり、情報提供者に案内していただきました。湧き水の流れ込む休耕田で、たぶん数万は下らない群れですが、すぐ近くまで公園化されて埋め立てられており、いつなくなるかわからない状況です。
町内の他地域は土地改良がすんでおり、メダカの生息はあまり期待できません。何とか保護したいものです。
■同じく野田川町(写真下)
ここはわずかに残る素掘りの用水路でした。水はにごっており、生活排水も流れ込んでいるようでしたが、数多くのメダカが元気で泳いでいました。町内でもほとんど唯一の生息地だそうです。自然が残るように見える丹後地方でもメダカは、消えているといいます。
■神奈川県:横浜市緑区!
鶴見川水系の遊水池だそうです。二五年前の生息場所に確認に行ったところ、数は少ないがまだ残っていたという報告でした。私自身は確認していません。本当にメダカなら、大発見かも? 何しろ神奈川県内は、野生メダカの生息地は1カ所しか残っていないことになっていますから・・・。
実はほかにも横浜メダカの情報は届いていて、いずれも市立の公園の中の池や水辺です。しかしその由来はいまとなってはよくわかりません。横浜方面のみなさん、よーっくさがしてみてくださいね。
■江戸っ子メダカの生息状況は?
世田谷区の吉野勲さんから、新宿御苑のメダカの情報です。港区の自然教育園にも生息しているらしい。吉野さんの話では御苑のものはどこからか流れ込んだものらしいが、三代以上たっているので江戸っ子メダカと呼んでいるとのこと。
多摩東部を流れる多摩川支流の野川にメダカがいるという情報がいくつか届いています。
昨年東京都がまとめた「東京都の保護上重要な野生生物種」という報告(レッドデータブックの東京版)には、国より早くメダカが絶滅危惧種に指定されています。その中で、多摩地区では絶滅危惧だが、都市部の二三区内では危急種とされていて、ふつうと逆転現象が起こっているのです。区部には大きな公園があり、管理された古い池にはまだ生息しているところがあることからこのような結果になったそうですが、それらのメダカの起源はやはり明らかではありません。確認はしていませんが、水元公園(葛飾区)、皇居のお堀にもメダカがいると聞いています。
■立川の観察会にて
多摩川水系のメダカは、たび重なる放流でかなりめちゃくちゃになっている可能性が高いということは別にしても、多摩川水系にある水田では、すでにメダカが見られるところはほとんどありません。
さて、立川市は東西に細長い東京都のちょうど真ん中あたりにある市です。ここの環境学習ボランティアグループの方々が公民館の行事として、親子を対象に米づくりを体験する年間プログラムを実施しています。私も何回か講師として手伝わせていただいています。
立川駅から歩いて一五分ぐらいの場所で、柴崎用水(玉川上水からの分水らしい)という農業用水を利用した五アールばかりの水田です。がんこ者のおやじさんが無農薬で育ててきた田んぼの周辺だけは素掘りの水路で、土の土手。見た目はいい環境なのですが、一年中水があるわけではないので、オイカワかウグイかタモロコか、コイ科の稚魚や流水性の赤トンボであるミヤマアカネの幼虫など、水が流される時期になると上流からいっしょに流されてきた生きものが目立ちます。もちろんメダカはいないはず。
夏休みに入ってすぐの土曜日。日ざしは強く水遊びには最適。田んぼとメダカの話をして、家から連れていったメダカを子どもたちに見せました。
子どもたちには田の草取りのあと、水路の生きものすくいをやってもらいました。子どもたちは大はしゃぎでいろいろつかまえてきます。そのうちメダカだという声が聞こえて、まさかと見たら・・・、あれ!
なんとりっぱなオスのメダカが一尾だけ、水路にいるではありませんか。やはり流されてきたものでしょうが、いったいおまえさんはどこのメダカなんだと、聞きたい思いでした。
■荒川中〜下流域のメダカ報告
現在の荒川流域は工業団地の建設や宅地化が進んでいるとはいえ、まだ広大な水田地帯が残っています。ネットワークへも荒川水系の生息情報が比較的多く寄せられています。たまたまテレビ局から環境週間に流す公共広告のためにメダカを取り上げたいと依頼があり、水田地帯に泳ぐメダカの姿を確認すべく、五月中旬、探索に出かけました。
水田はまだほとんどからからでした。水路はコンクリート三面張りがほとんどで、たまに素掘りの水路はあっても、米を作らない時期に水が一滴も流れていないことは明白でした。なかにはつい最近付け替えられたばかりと思われるコンクリート水路もあり、残念な思いをしました。
考えてみれば、このあたりの農業地帯はいち早く土地改良が実施され、給・排水設備が整えられたと思われます。自然河川との往来が遮断されてしまい、一年の半分以上は水がない「水田」地帯では、メダカも暮らしようがないのでしょう。湧き水のある水路があればともかく、あとは沼にでもわずかに生き残っているのだろうかと思いました。
近くを流れる元荒川や見沼用水は豊かに水を湛え、ゆったりと流れています。荒川本流など、河川にはどこかにメダカが生息していることは間違いないと思います。それがたまたま増水時に水田地帯の排水路! に流れ込んでくることはあるかもしれませんが、もはやこのあたりでも水田がメダカの生息地でなくなったことは明らかです。
さて、そんな荒川流域から、鴻巣市の島田さんが情報をくださいました。
−−私の地元の農業用水路でも、今年も元気にメダカが泳いでいます。水が流れているのは五〇〇m位なのですがメダカが生息しているのは生活雑排水が流れ込まない水路の始まり、涌き水と雨水が流れるわずか一〇〇m程です。しかし、ここもコンクリートによる水路整備が計画されています。せめてメダカのいる部分だけは今のまま残してほしいと、お隣に住んでいる市議会議員さんに働きかけたいと思います。
先日、農家のお得意さんが、「神社の涌き水に沢蟹がいたよ」。と話していたので、さっそく確認に行きました。神社の林から涌き水が流れていて、わずか五mしかない「沢」にサワガニを四匹ほど確認できました。確かにここは三〇年ほど前、サワガニ取りをしましたが、いまだにいるとは驚きでした。
そして今年も水の入った水田には、カブトエビが泳ぎ始めました。
体長は一・五cm前後でかなりの数がいます。それから先週夕方、家の玄関前にコクワガタがいました。近所の子供にあげようと思ったんですが、近くの林に放してきました。自宅のガレージではツバメがヒナを育てていて、自分の住んでいる地区はまだまだ捨てたもんじゃないな、と思うこのごろです−−以上島田さんより
■ビオスの丘訪問記(写真右)
さて、沖縄県にもメダカがいることを知っていましたか。新潟大学の酒泉先生の研究では、沖縄メダカは南日本の集団で、西九州のものと近いそうです。でも早くから開発とカダヤシやグッピーなどの外来魚に追われて、絶滅が心配されています。本島中部の石川高原にある民間施設「ビオスの丘」は、沖縄にもともとあった自然を生かして、公園にした「テーマパーク」。園内の池に生息していたメダカをふやして、地域の小学校などにも提供しています。ここはランの栽培施設でもあるため、園内にはさまざまなランが咲き乱れています。亜熱帯の昆虫や鳥もたくさん見られます。沖縄に行かれたときには、ぜひ一度訪れてみてはいかがでしょう。
ビオスの丘
沖縄県石川市嘉手苅961-3
098(965)3400
■メダカ里親の会に参加(写真下)
七月一七日、栃木県宇都宮市の「メダカ里親の会」(会長:水谷正一宇都宮大学教授)が主催する情報交歓会に出席しました。会に先立ち、事務局長の中茎さん宅の休耕田を利用した「メダカの学校」で、近くの小学生たちがどろんこになって生き物の観察を楽しみました。
交歓会では栃木県内各地の保全活動を進めるグループが集まり、活動状況などを話し合いました。めだかネットに情報を寄せてくださった方も何人かいらしていました。
県内では里親の会を中心に生息情報と保全状況が整理されつつあります。このようなネットワークが生まれてきたことを心強く感じます。同時にこのような動きを全国に広げていく必要性も痛感しました。
その後、水谷先生・中茎さんのご案内で真岡市の西沼地区へ向かいました。この地区では土地改良事業が進みメダカの生息環境がなくなってしまうことから、メダカ保存会をつくり地区の半数以上のお宅が庭先にメダカを飼育しています。地区公民館にも、りっぱなメダカ池がありました。
さらにこの地区では、メダカを水田に戻せるように、排水溝を地下に埋めて別に素掘りの水路を設けて生きものとの共存を図るという、たぶん全国でも初めての試みが実施されようとしています。
河川行政が「多自然型」を言いだしてほぼ一〇年、水田にも生態系との共存の考えに基づいた技術が普及していくのか。見守りたいと思います。
◆ ◆ ◆
今年はほかにも、岩手県花巻市と神奈川県小田原市を訪れました。いずれも、残された生息地を守るために活動する人たちの姿に勇気づけられました。
みなさんありがとう!
小見寺公一
入間市の小見寺さんからの報告です。
埼玉県を代表的する荒川水系に属する新河岸川の支流に「 (ふろうかわ)」が有ります。江戸時代の文献には「 (としとらずかわ)」と記されており、今でも地元では「 (としとらずかわ)」と呼んでいます。
狭山丘陵から流れ出したいくつかの小さな流れを集めて不老川は生まれます。
入間市から所沢市、狭山市を抜けて川越市で新河岸川に合流する全長一七・四キロメートルの川です。伝説によると、昔から歳とりの節分の頃になると、それまで滔々と流れていた水がかれるので、これは川が歳をとりたくないからだと言われ、人々はいつしかかわを「としとらず川」と呼ぶようになったそうです。
近年では、生活排水のために水はかれないが、汚れた川になってしまった。流域の人達は清流と自然を戻そうと、川の保全に力をそそいでいます。
そんな不老川でも大雨が降ると増水して、しばしば氾濫し流域の農家の人々の生活を脅かしました。
そして、一九八八年〜九五年にかけて洪水対策のために掘られたのが「大森調節池」で、その間に何回かの掘削工事が有り、現在では敷地六・四三ヘクタール、内池の部分三・八ヘクタール、九七、三〇〇Gの容量を持っています。実際掘削してみると地下水位が高く、冬の一時期を除いては地下水が溜まるという状態で、防水壁の無いままになっており、池には次第に植物が繁り、生きものたちが集まって来ており、豊かな生態系が出来上がりつつあります。
人々も集まるようになり、『大森の池ファンクラブ』が出来ていろいろな自然保護活動を進めています。
この大森の池でのメダカのお話です。
九七年2月下旬〜4月上旬まで池の水はかれてしまいましたが、その後水深二〇B〜四〇Bを保っています。九八年の冬は水はかれずにすみました。
この間九七年夏頃から池にメダカがいることがわかり始めました。何処から来たのだろう位に思っていました。全国メダカ調査の事を知り九八年5月に調査をして2匹を捕獲し報告を致しました。池の中には多数いるらしい事はわかっていたのですが、その後大事件が起きたのです。
九九年1月に入ってから池の水はどんどん減り、二年続いた豊かな水は伝説どうりカラカラに干上がってしまいました。この間、大森の池ファンクラブの人達は各々池に行きメダカ救出を行いました。
みんなの話をまとめると、池には二〇〇匹以上のメダカが居たそうで四人の人で九〇匹ほど家に持ち帰り育てています。残りの相当数がギンブナやモツゴとともに、コサギやカラスの餌になってしまいました。4月中頃より再び水は溜まりだし豊かな自然が戻り始めており、時期を見てメダカの学校を再開する予定です。それにしても不思議な「大森の池」自然の偉大さを見つめています。
◆ ◆ ◆
(事務局)実はほかにも洪水防止用の調整池にメダカが生息している例がいくつか届いているのです。ほとんどは放流されたもののようですが、自然分布のものがたまたま入り込んで増えることも考えられなくはありません。メダカというのは、ある意味では大変しぶとい生きものなのです。それがなぜ絶滅危惧種になったのか? 考えさせられる問題です。
編集部
今年はメダカ放流の話が、あちこちから聞こえてきました。でも、そこにもともとメダカがいなかったなら、放したメダカは生きていけない可能性が大きいのです。逆によく調べれば、そこにはメダカがいるかもしれません。そのときには、放流したメダカともともといたメダカの雑種ができてしまうかもしれません。どちらもメダカにとっては、めいわくな話なのです。
もともとその地域でとれたメダカでも、長く飼っている間に、いろいろな問題が出てくることもあります。離れた地域のメダカ、市販のメダカ、長く飼われて何世代もたったメダカを放流することは、今のところ少し待ってもらいたいというのが、私たちの考えです。メダカについてはまだわかっていないことがたくさんあります。エコロジカルウェッブでは、まずその地域にメダカがいるかどうかを調べることをお願いしています。そして、メダカがその場所で生きていけるよう、取り組んでほしいと思います。
さらに、継続的な調査をお願いします。
放流によって自然が豊かになるわけではないことを、ぜひ理解してください。